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まだ闇が消えない早朝. 100人を越える人々が小さい池ある片隅に集まって,一ケ所を穴があけ凝視している。 人々の表情の中ではときめきといらだちが同時ににじみ出る。

人々隙間を広げて入って,展望良いところに席を占めた。 世界7代不思議中の一つで指折り数えられるカンボジアの‘アンコール・ワット’. 太陽の下まばゆいばかりに光る寺の姿を想像しながら,静かに目をとじる。

どれくらい待ったのだろうか。 退屈なだけした闇のかなた向こう側で赤い光が漂い始めた。 やがて闇のベールが一つずつ晴れながら,千年の神秘を大事に保管した古代のなぞが黒いシルエットを表わした。 天上の世界を象徴する5ヶの塔がまぶしい日差しの中に姿を現わして,あちこちで‘わー!’という感嘆の声が聞こえてくる。 ‘かちゃんかちゃん’,目の前に繰り広げられる驚異的な風景を一つでもさらに入れて行きたい人々の手つきが忙しい。

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寺の前小さい池水面上できれいな光空ときれいな姿のアンコール・ワットが反映されて,また他の世の中が作られる。 赤紫色レンゲの間に映るアンコール・ワットの姿は美しさを越えて神秘なほどだ。

アンコール・ワットは1000年前派手な文化の花を咲かせたクメール王国の偉大な遺産だ。 12世紀頃インドシナ半島全域を治める程強大な力を自慢したが,不可思議な理由で衰退し始めて15世紀に達して,突然に跡をくらました。

人々は一言の記録もなしで巨大な都市を捨てて一瞬に密林の中に消えてしまったクメール王国を置いて解けないなぞと話す。
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アンコール・ワットに行けば3度驚くことになるという話がある。 一番最初に雄壮な規模に驚いて,左右対称の完ぺきな均衡美に驚きながら,最後に繊細さに驚くことになるということ。 濃霧が夢幻的に広まり始めた人工貯水池を過ぎて,伸展入口にのぼって,その言葉が決して誇張でないことを知ることになる。

幅200mの垓字に囲まれた総周り5.5kmの壮大な社員はパリ ノートルダム社員の3倍に該当する大きさという。 エジプトのクフ王ピラミッドに使われた石と同じ量の石がアンコール・ワット寺院を作るのに使われたというから,その雄壮さがねらいさえならない。 一寸誤差もない正確な対称構造で神々の住みかのメルサンを形象化した寺は均衡美をろ過なしに見せる。
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何よりも果たしてこれが石を整えて作ったことかという疑問を持つ程繊細で情交してみる人々の感心をかもし出す。 石の上に彫られた派手な服と装身具で美しく飾った美しい天上の天女らの微笑はどれ一つ全く同じなのがなくて,彼らの嬌態あふれる姿は愛らしいほどだ。 本当に1000年前クメール王国には天上の天女が生きていないかという考えになる。


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キリングフィールドという恥辱の内戦を終わらせて数多くの遺跡地を土台に観光国家に浮上しているカンボジア.

首都プノンペンで北西側で約300km離れたシエムニプは人口7万人の小都市だが,7代不思議中一つのアンコール・ワット遺跡地があって,世界的にその名が知られている。

シエムニプには自然と人間の文明が完ぺきな調和を作り出すアンコール・ワット,水上家屋村があるトルレサプ湖など見どころが多くて,世界観光客らの足が絶えることなく続く。

アンコール遺跡地は1861年フランス動物学者アンリ・ムーアがカンボジアの密林を探険して偶然に巨大な城郭を発見しながら,世の中に知られ始めた。

シエムニプ地域内今まで発見された寺院だけ総100ヶ余り. 9世紀で13世紀までこの地域で興盛したクメール王国によられられたことで相変らず発掘作業に真っ最中だ。

だが世界7代不思議に指折り数えられるアンコール遺跡地に対する秘密は相変らずベールに包まれている。 30年ぶりにアンコルワッ寺院を作った点,精巧に彫られた巨大な浮彫などのためにアンコール・ワットはより一層魅力的に近づく。

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▲世界7代不思議中一つのアンコルワッ寺院

アンコルワッ寺院はクメール王国のスリヤバルマン2才が建設したことでアンコール遺跡中最も熊掌と派手だ。

中央塔を基準として東西に1,500m,南北で1,300mの広さにもなるこの石造大寺院は水の上に浮いている感じを与えるのに,広い人工水路が四方で囲まれているためだ。

建物内部に入れば壁面全体に彫られた派手な壁画が眼に触れる。 その当時の戦争,文化,歴史が大叙事詩のように広げられている不調はローマやエジプトの遺跡地とアンコール・ワットを区別作る最も重要な要素だ。

高さ65mの中央塔には両手と両足を皆使って,塔を這い上がる観光客等を見ることができる。 神々が生きている寺院てっぺんを上がろうとするなら祈る心で頭を下げて上がらなければならないから塔の階段を狭くて険しくさせたという。

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▲バイヨンの微笑

27ヶの石上が立っているアンコール・トムをすぎて,30分余り歩いて入ればその有名なバイヨン寺院が出てくる。 バイヨン寺院は12世紀末から13世紀始めチァヤバルマン7才が作った仏教寺院で約50ヶの塔で成り立った複雑な構造になっている。

塔ごとに4面で観音部署の顔を刻んだのにチァヤバルマン2才と推定される中央塔の関税音菩薩像はある方向で見ても温和な部署の微笑を感じることができる。

総36ヶの塔に彫られた仏像らが奇妙な表情で観光客らを迎える。


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▲映画の舞台でよく知られたタプロム

チァヤバルマン7才が彼の母親を迎えるために建設したタプロム寺院に入れば寺院を破壊している巨大な木根らに驚嘆することになる。

カンボジアを植民支配したフランスは自然がどのように人間の文明を破壊するのか知らせるためにタプロム寺院の木らを放置しておいたという。

寺院の壁と建物を大きなパムナムが蛇のように席をぐるぐる巻いており寺院全体にぞっとした雰囲気が漂う。 ‘地獄の黙示録’‘ ‘トゥムレイダー’等各種映画の撮影地で知られながら,より一層関心を引いている。

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▲トルレサム湖

水上家屋で生活するカンボジア人を見られる所だ。 乾期の時はこちらが米農作業をすることができる平野に変わって雨季の時には湖となる。 湖としてクリスタルのようにきれいだったりあさぎを期待すれば失望が大きいようだ。

メコン川は黄土を積み出すから汚れている黄土色を浮かびながら,この水で入浴,洗濯,その上に大小便まで解決する。 湖の周辺で船を借りれば水上家村を近くで見物することができる。

ビリヤード場,学校,商店など生活するのに支障がないほど多様ないろいろな品物を取りそろえている。 ここで生まれた人々は陸地を踏む瞬間陸地乗物酔いをするほど揺れる水の上生活に慣れているという。


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過去の痕跡を探して離れる旅行はいつも興味深い。 さらに当時技術力で説明することができない建築技法と明らかにならなかった数多くの話を抱いている巨大な遺跡地ならば,興味は倍加される。 それで解けないミステリーでいっぱいであるアンコール・ワットはいつも旅行者らの足が絶えない。

多くの人々がアンコール・ワットに行くためにシエムニアプを探す。 9世紀から13世紀まで建てられた古代寺が残っている所で,アンコール・ワットと最も近くにある都市だ。

事実アンコール・ワットはシエムニアプに位置した巨大なアンコール遺跡地中一つに過ぎない。 アンコール遺跡地中最も多くの人が探す所で最も有名な寺に選ばれる。 それでアンコール・ワットとアンコール遺跡地はほとんど同じ意味に通じる場合がある。

アンコール遺跡地は9〜13世紀隆盛した文化の花を咲かせたアンコール帝国の過去の場所だ。 当時アンコール帝国は古代ギリシャ・ローマ文化よりさらに派手だった。 だがある日アンコール帝国は痕跡をなくした。 いつそして何の理由で消えたのかは誰も分からない。 そのように数世紀が流れたし,人々の記憶の中でアンコール帝国は消えた。 ただし長い間の歳月が流れて,伝説の中の国で人々うわさにのぼるのがすべてだった。

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この伝説の中の帝国は1860年動・植物学者のアンリ・ムーアによって,世の中に知られた。 長時間密林の中に放置されたから毀損されたところが多かったが,アンコール帝国のきらびやかで雄壮だった文化の跡をのぞくのに足りなかった。 壁面と柱に彫られた精巧な不調らと雄壮な寺の建築様式は世界の人々の世間の注目を集めるのに充分だった。


アンコール遺跡地旅程のハイライトはアンコール・ワットとアンコール・トムだ。 その中クメール建築芸術の極限状態と評価されるアンコール・ワットはアンコール遺跡地を代表する寺だ。 膨大な規模を自慢する寺の大きさは同棲1.5km,南北1.増えたkmに達する。 寺の雄壮な姿は周辺について作られた垓字と交わって,水に浮いているように神秘な姿を演出する。

アンコール・ワットはスリヤバルマン2才の頃30年余りにかけて完成された。 他の寺とは違って入口が死を意味する西の方に出ていて,王の墓で使われたことと推測している。

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アンコール・ワットで1.7km程度落ちたところにアンコール・トムが位置している。 'トム'は都市を意味する。 アンコール・トムは単純な寺でない,一つの都市であった計算だ。 アンコール・トムに入る入口には108ヶの大きな彫刻像が両側で長く立ち並んでいる。

うっそうとした密林の間で出た道路をついて行けばアンコール・トム中央に位置したバイヨン寺院を見られる。 バイヨン寺院は仏教で話す'世界の中心に立っている須弥山'を意味する。 回廊にはクメール軍人らの戦闘場面と当時庶民らの生活をのぞくことができる浮彫が刻んでいる。 バイヨン寺院は仏教寺院だが,ヒンズー教の象徴のアプサルラの姿も探してみることができて興味深い。

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タ・プロームものがしてはいけない所だ。 映画'トゥムレイダー'撮影地で広く知られることになった。 永い歳月密林の中で隠遁していたとのことを証明するように巨大な木根に押さえられた建築物の姿が非常に印象的だ。


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言葉では言えない美しさでいっぱいなアンコール遺跡. そのうちでも白眉はアンコール・ワットだ。 アンコール・ワットはアンコール遺跡を代表する最も大きい寺でクメール建築を代表する最高宝物だ。
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アンコール・ワットはヒンズー教宇宙観に立った宇宙を形象化した姿をしている。 寺内五ヶ塔中で中央にある高い塔はヒンズー教で話す天上の山人メルサン峰を象徴する。 城壁は世の中を囲んだ山脈,垓字はこの世とあの世を行き来する海を象徴する。

アンコール・ワットに入るためには寺を囲んでいる幅200m垓字を渡らなければならない。 本来この垓字には数多くのワニらが生きたと伝えられるのに,今はただ静寂だけが流れるだけだ。

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寺の中壁面全体には巨大な不調がパノラマのように精巧に刻んでいる。 クメール帝国歴史を記録しておいた大叙事詩で,自ずから感嘆の声を連発するようにする。 すべての壁画の不調らは即座に壁で飛び出してくるように生々しくて精巧だ。

中央塔に上がるためには70度傾斜の階段を手と足を皆利用して這い上がらなければならない。

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以前には王と私製だけが上がっては下りたというのに,階段終わりにのぼればアンコール・ワット全景がすがすがしく目に映る。

フランス人探検家アンリ・ムーアが発見する前まで数百年をジャングルの中に放置されていたし,カンボジア内戦までより増したのでアンコール・ワット遺跡は大部分復元が不可能な状態という。

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現在復旧のための努力を傾けているけれど,すでに遺跡70%以上が消失した状況なので完全な復元は大変だと。 現在残っているアンコール・ワットを見回していますと,繁盛したクメール帝国がどれくらい派手だったかもより一層気がかりだ。


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インドシナ半島の三ヶ国-ベトナム,カンボジア,ラオス. 私たちには共通にフランスの植民支配を受けて1970年代以後社会主義国家の道を歩いた国で記憶される。

特にカンボジアはクメール ルージュ(Khmer Rouge)の執権期の1970年代後半,全国土が言葉どおり死の野原になった事件を扱った‘Killing field(Killing Field)’という映画で暗い記憶を垂らしている。 軍事政権の刃物などが鋭く光った学生時代に団体観覧を通じて,カンボジア全体人口が800万人だった当時に処刑されて虐殺された人が何と200万人という事実に接しながら,驚きを禁じられなかった。

千年の神秘を大事に保管したアンコール遺跡地のシエムニプ(Siem Reap)へ行く道は通常の観光地とは違うようにそんなに易しくはない。 直航路線を乗って行けば良いが,事情が不如意である大部分の東南アジア リュックサック旅行者らはタイを経て,カンボジアで入国する。 タイにもバンコク エアーが運行するバンコク-シエムニプ行った航空路線があったりするが独占なので価格が非常に高いためだ。 一般的にリュックサック旅行者らはタイの国境都市であるアラニャプラテッ(Aranyaprathet)を経て,カンボジア国境都市であるポイペッ(Poipet)をジナ シエムニプでに移動する。 ところでポイペッでシエムニプでに移動する道路が包装されていなくて思ったより時間がたくさん必要とされる。 お尻を痛くする自動車のガタガタ音を立てることと自動車が過ぎ去れば土ぼこりが覆われるようになる畑堤防道. 我が国1950年代農村の風景と似る。

当時の宇宙観を表現した‘アンコール ワット
アンコール遺跡はクメール帝国の社員らで,1992年ユネスコ世界文化遺産と指定される程人類が残した立派な建築物と評価されている。 雄壮で巨大な建築物がとても繊細な組閣らでいっぱいだ。
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あまりにも膨大な遺跡が散らばっていて,一日に社員をみな見回すのはほとんど不可能だ。 遺跡ごとに別途の入場料がない代わりに統合入場券(1日券,3日券,7日券)を発行するので日程に合うように計画を組んで観覧した方が良い。 莫大な分量上かなり難しいことだが,インド古代のサンスクリット大叙事詩の‘マハーバーラタ(Mahabharata)’と‘ラーマーヤナ(Ramayana)’をあらかじめ読んで行けばもう少し深みある感想ができる。

アンコール ワット(Angkor Wat)はアンコール遺跡の中で遺跡では最も規模が大きいのだ。 当時の人々の宇宙観を建築物で表現したことで,‘石で作った宇宙の模型’ということができる。 他のと違い死を象徴する西の方に入口が出ていて,建築目的に対して色々と分析したりもする。 大きく3階になっていて上の層でますます面積が少しずつ狭くなる。 1階回廊には一方向に2種類主題で組閣して,総8ヶの主題を表現したのに,精巧さの極限状態を成し遂げる。 各階の外部には回廊があって,3階中央と隈にはレンゲつぼみを形象化した5ヶの塔がある。 アンコール ワットを上がれば地獄で至高の天上世界を行ってくることだと表現するのに,今は工事中なので上がることはできない。

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自然の二重性をのぞくことができる‘タ・プローム’

アンコール帝国の最後の首都であったアンコールトム(Angkor Thom)はその中に色々な遺跡が集まって,団地を成し遂げている。 神の世界と人間の世界を連結する虹を意味する南門を通じて入場するのに,内部にはバイヨン(Bayon)をはじめとして,象テラス, バーフオン(Baphuon),ピミアナカス(Phimeanakas)等がある。
 特にアンコールの微笑で呼ばれる四面像はチァヤバルマン7才(Jayavvarman‡Z)‚〓轤セと見なされる。現在は54のの中36ヶだけ残っている。

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アンコール遺跡中独特の見どころを提供する所はタ・プローム(Ta Prohm)だ。 アンゼリナ・ゾーリが出演した映画‘トゥーム レーダー(Tomb Rader)’の撮影会場でも有名なこちら-そのおかげで映画を撮影しながら,アンゼリナ・ゾーリがスタッフらとしばしば立ち寄ったという(Psah Chas)のカフェ‘レッド ピアノ’も有名で,ジョリーがカンボジア子供を養子にする契機になることもした-はあたかも廃虚のように放置されている印象的な遺跡だ。 時間の流れと共に自然がどのように遺跡を崩れるようにしたのかその過程と結果を見せている。 ジャングルのように巨大な木の根元と幹が遺跡の柱と屋根を抱え込んだり押し倒している姿が異色であり,破壊と創造という自然の二重性を見られる。 自身の胸が鳴る声を聞くことができる‘号泣の部屋’も省けない見ものだ。

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この他にも美しい日暮が見られるプノム パケン(Phnom Bakeng),アンコール遺跡の中で最も美しいバンテアイ・スレイ(Banteay Samre),等も逃せば惜しい遺跡らだ。

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バイヨン は

バイヨン 2008.03.17 14:07
バイヨン は
バイヨン (Bayon) は、カンボジアのアンコール遺跡を形成するヒンドゥー・仏教混交の寺院跡。アンコール・トムの中央付近にある。バイヨンの呼び方で広く広まっているが、クメール語の発音ではバヨンの方が近い。バは「美しい」という意味で、ヨンは「塔」の意味を持つ。

バイヨンを特徴付けているのは、中央祠堂をはじめ、塔の4面に彫られている人面像(バイヨンの四面像)である。人面像は観世菩薩像を模しているというのが一般的な説である。しかし戦士をあらわす葉飾り付きの冠を被っていることから、ジャヤーヴァルマン7世を神格化して偶像化したものであるとする説も存在する。

また他のアンコール遺跡に残るクメール建築と同じく疑似アーチ構造を多用した建築構造をもっている。

建築全体ではおおむね三層に分かれており、高さ約43mといわれる中央祠堂を中心に、その第一層に二重の回廊が配置された構造となっている。

50近い塔に合わせて117個の人面像が残る(異説あり)。人面像の高さは1.7~2.2m程度で、個々にばらつきがある。

第一層
第一層には東西南北全方向に門がある。中でも東門の近くには両側に池のあるテラスがある。

第一回廊にもレリーフが残る。アンコール・ワットにも存在する乳海攪拌のレリーフなどであるが、保存状態があまり良くない。

第二回廊(外回廊)は約160m×120m。正面は、東側を向いていている。現在残るレリーフは、他のアンコール遺跡とは大きく異なった特徴を持つ。第二回廊にはチャンパとの戦争の様子やバイヨン建設当時の市場の様子や狩の様子などがレリーフに彫り込まれており、庶民の暮らしを窺い知ることのできる貴重な資料にもなっている。

第二層
16の塔があり、どの塔にも前述の観音菩薩と思われる四面像が彫られている。第二層の回廊にはヒンドゥー教色の強いレリーフがデザインされている。

第三層
第三層はテラスとなっており、やはりどの塔にも観音菩薩とおぼしき四面像が彫られている。第三層の中央には過去にシヴァリンガが置かれていたとされるが、後世の人が除去し、現在では上座部仏教(小乗仏教)の像が置かれている。

アンコール王朝の中興の祖と言われるジャヤーヴァルマン7世がチャンパに対する戦勝を記念して12世紀末ごろから造成に着手したと考えられており、石の積み方や材質が違うことなどから、多くの王によって徐々に建設されていったものであると推測されている。当初は大乗仏教の寺院であったが、後にアンコール王朝にヒンドゥー教が流入すると、寺院全体がヒンドゥー化した。これは、建造物部分に仏像を取り除こうとした形跡があることや、ヒンドゥーの神像があることなどからも推測できる。

1933年に、フランス極東学院の調査によって、中央祠堂からブッダの像が発見された。

 











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タ・プロームは

タ・プローム(Ta Prohm クメール語)は、カンボジアにある、アンコール遺跡群と呼ばれる多くの寺院や宮殿などの遺跡群の内のひとつで、12世紀末に仏教寺院として建立され、後にヒンドゥー教寺院に改修されたと考えられている遺跡。創建したのは、クメール人の王朝、アンコール朝の王ジャヤーヴァルマン7世。

この遺跡は大自然と接しているため熱帯の巨木の浸食が激しく、三重の回廊に覆われたタ・プロームの遺跡には、文字通り樹木が食い込んでいる。あまりの酷さにインド政府はタ・プロームの修復計画を発表した。しかし、現在ここで議論が沸き起こっている。熱帯の巨大な樹木は遺跡を破壊しているのか、それともいまや遺跡を支えているのかという議論である。一般に遺跡の修復というものは、崩れている石材を積みなおし、失われた部材は補充してかつての姿を取り戻すために、作業計画を立案する。しかし、タ・プロームから巨木を切り払い、崩れている石材を元に戻した場合、この遺跡の魅力はなくなってしまうのではないのだろうか。だがこのままほうっておけば、遺跡は跡形もなく崩れ去ってしまうかもしれない。 2006年10月現在、この遺跡の修復方針をめぐって、ユネスコを中心とした活発な議論が継続中である。

 
 














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アンコール・トム は

アンコール・トム (Angkor Thom) は、アンコール遺跡の1つでアンコールワット寺院の北に位置する城砦都市遺跡。12世紀後半、ジャヤーヴァルマン7世により建設されたといわれている。周囲の遺跡とともに世界遺産に登録されている。

アンコールは、サンスクリット語のナガラ(都市)からでた言葉。またトムは、クメール語で「大きい」という意味。

アンコールトムは一辺3kmの堀と、ラテライトで作られた8mの高さの城壁で囲まれている。外部とは南大門、北大門、西大門、死者の門、勝利の門の5つの城門でつながっている。各城門は塔になっていて、東西南北の四面に観世音菩薩の彫刻が施されている。また門から堀を結ぶ橋の欄干には乳海攪拌を模したナーガになっている。またこのナーガを引っ張るアスラ(阿修羅)と神々の像がある。

アンコールトムの中央に、バイヨン (Bayon) がある。その周囲にも象のテラスやライ王のテラス、プレア・ピトゥなどの遺跡も残っている。







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