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こちらはサメット。
今年 28歳のカンボジア青年。
職業はカンボジア現地ガイド。
ガイド経歴は 2年目。
高校と専門学校を卒業後、
アンコール・ワットの外国人英語ガイド生活を 1年位してから、
一年頃前から今 私が働いている旅行社で現地ガイドとして働いている。
 
 
 
"良ければ家でビール一杯飲みますか?"
午後、事務室から出る瞬間、 サメットが僕に声を掛けた一言、
まちがいなく、彼はツアー中の僕との会話
'君はどこで住んでるかい? 一度行ってみたいな。。。’と言った
あいさつの言葉にを心に盛っていたようだ。  
しばらくためらったが、別に急な約束もなかったし
常にカンボジア人々の生活ぶりが知りたかった僕は
"ここからどれ位かかる?" と問い返した。
"え....バイクで 20分ぐらい。"
"あ....そう?、 今君の家には誰かいる?"
"今のこの時間なら多分母と姉がいるでしょう。"
"ところで.... 急な訪問で驚かないかな?"
"大丈夫、大丈夫....きっと大歓迎です。忙しくなければ気軽くビール一杯どうぞ..."
"そう....なら行って見よう。ありがとう!"

僕のカンボジア田舍探訪はこのように偶然に始まった。
 

サメットの家はシエムリブの市内からあまり遠くなかった。
ツアー中よく経り立つ、トンレサブ湖の行く道からおよそ 10分ほどかかる距離。
しかし、サメットのバイクが抜け道を走り始まると急に林の中の背景の古い田舍村風景が現われた.
あっという間に周辺の景色は変わってまるでタイムマシーンに乗って瞬間移動したようだった。
奥地探訪の道に出て未知の世界に向けるような雰囲気そのものだった。







スローライと呼ばれるシエムリブ市内あたりにある農村。
僕にはすごく慣れない景色だったが
この村は100年前から250軒位の家たちが集まって住んでいる
カンボジアの典型的な田舍村の景色そのままだった。
今や世界は21世紀に立ち入ったのもしばらくが経ったけれども
この村の風景は千年前のアンコール時代の風景とあまり違うのがなさそうに見えだ。


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統計によると、
カンボジア人の 80%は田舍で暮して
田舍の人の 80%は 次の三つなしで生活するという。
電気、水道、トイレ。
すなわち、カンボジア人 の10人の内 7人はいまだに電気もない所で暮すという話だが...
それはあくまでも田舍の事で
カンボジアで二番目の大都市
シエムリブにこんな村があるとは...
でも、それは僕が受けた衝撃の手始めだった。


こちらが僕の友達サメットが住む家。
家だと呼ぶにはすまない小さくて見窄らしい穴蔵だった.
元々は椰子皮で作られたカンボジア典型的な穴蔵だったが
雨季に屋根で雨がひどく漏れるから最近ブリキ屋根で改造したと言う。
通常の田舍村と同じトイレも水道もない。
でも、電気がついて TVも見られるようになったと言う.
 
サメットはこちらで生まれ
28年の間ずっとこちらで生活をしていたと言う。
ワンルーム構造になったこの小さな穴蔵で
お母さんと、 5人兄弟、そして妹さんのご主人まで
総 7人の家族が一緒に暮らしていると言う。

都会的イメージに
教育もよく受け英語もよく話すことができる
カンボジア人々としては珍しいくカメラ付き携帯電話を使っているし
しかも、僕にもない素敵なバイクを持っているサメッであるけれとも。
毎日こんな穴蔵で生活しているとは想像もできなかった。

庭先には椰子皮で作った束たちが乾かされていたが
これは紐を編んで座布団やこざむしろを作るのに使われるのでお母さんの副収入の一つだと言う。









家周りには他の家たちのように
椰子,バナナ木,マンゴー木たちが屏風のように振り回されていた。
マンゴーは一年に二度開かれ今がそのシーズンだので
青いマンゴーたち見事にふさふさと木に付いていた。
 


家後では自作する田畑が蟹広げていた。
稲作は最近雨が降らなくて雨季の 5月に一度だけ農業をして
畑にはとうもろこしとピーナッツ,
野菜と砂糖黍みたいな農作物たちを植えると言う。



カンボジアは土壌が良くて、雨もたくさん降ってすべての農作物がよく育つが
同じ理由で農作物の価格がむちゃくちゃで大部分の農家は自給自足用だけで農業をすると言う。
 
神さまがプレゼントした祝福の国カンボジア.
言わば、飢え死にする心配も凍って死ぬ心配もなく
余裕と平和で暮すことができる天恵の地カンボジア.
だからこそ、現代文明が落ち着くのに長年の時間がかかったのか。
 
 
生活になくてはいけないこの水かめ。
雨水を受けて保存する用途で使われて
この水で飲み水はもちろんシャワー、洗濯、後片付けのような生活用水で使っている。

 
雨が降らないシーズンには地下水を使う。
これはサメットが直接考案して作った受動ポンプ。
先ず、パイプにある位水を入れて
棒でおよそ 20回位ポンプをすれば凉しい地下水がどくどく~

 
後から眺めたサメットの家.
 
 
そしてサメットの甥が暮している隣家。
 
 
こちらはサメットのお母さん。
58歳...カンボジア人の平均寿命と同じ年。
サメットが 10歳頃、内戦でご主人を死に別れて一人きりで五人のお子さんたち育てた方。
今は村のお寺に入籍して髪の毛を刈って祈る心で一日一日を送っている方。
 
 
こちらは今暮しを引き受けてしているサメットの妹さん。
 
 
サメットは 4男 1女の中で長男。
次男は今シクーロの運転手に働いている。
長女は家事の面倒を見ている
20歳の四番目の弟は(サメッの左側) お母さんと農業を手伝っている
末っ子は今学校で勉強中。
そしてサメッのいとこ弟(妹)たち

 
部屋内部の姿は単純そのもの。
蚊帳付いたベッド一つ、サメットが主に寝るという網ベッド一つ、
最近持ちこんだテレビとオーディオセットが家具の全部。
そして最近開場された後側の小さな部屋が妹さん夫婦の寝屋。
 


 
穴蔵横のキッチン。
小さな炭火に飯を炊いて
キッチンの下にはこの間生まれたばかりの子犬たちの遊び場。
その外、猫一匹、ニワトリが七匹、アヒル五つ匹が一緒に暮している。


 

ブリキ屋根だから部屋の中は暑いと
サメッとお母さんが平常床を凉しい陰に移している中
平常床の上に手ずくりのこざむしろを広げ
部屋で持って来た枕をクッション代用で...


 
カムボイアは日本より電気代が 24倍高いので
だから普通ビールの中に氷を入れて凉して飲むのが一般的。
カンボジアで一番有名なビールはアンコールビール.
しかし僕が好きなビールはちょっと苦いがぴりっとする "アングチォ-" ビール.
 
ビール一杯だけ飲もうと言ったけれども常にボックスことを準備しておいたサメッ.
平均日給1ドルであるこの国でビール一ボックスは月給に当たるはずだが...
うかうか付いて来るために手ぶらで訪問した僕としては少し気が重かった。  
"なんだ、 これ全部飲むつもり?"
"心配いらん、すく友達が来るから、多分これも足りないかも。"
".............?"
 
 
サメットが言ったとおり一人二人集まって来る隣り友達。
皆、畑で働いた途中来る道なのか
握手のため出す手に土がたくさんついていた。
 
52歳チェンリという名前のこの方は 8人のお子さんがいるのに
奥さんがずいぶん前に死んで一人で多い子供達の面倒を見にくくてたまらないから
善良なおばさん知ってたら紹介させてくれと締める。
僕が胸に銘じられた青い入れ墨は何の意味かと問おう
クメールルージュ兵士を象徴するマークだと言う。
クメールルージュの話が出ると私は慌てて話題を変えた。
カンボジアではクメールルージュやポルポト等の話はなるべく避けた方がいい。  

 
彼が料理しておつまみに持って来たニワトリ内臓痛め料理。
僕が遅いお昼のため(事実はにおいのため) ニワトリ内臓料理を全然食べないから
彼はこっそりと席を外しもう一つのおつまみを持ち出した。
 
 
鳥肉野菜いため。
でも、僕は彼の足に付いて飜っている血がついているニワトリの毛を見てしまった。
僕のせいで犠牲された可哀相な生命。。。
 
ビールを勧めても遠慮して
ずっと横でほほ笑みだけのお母さんが
急にブリキで作った水かめを担いで慌ててどこかに去りたつ。
どこに行くかと問っても黙黙とほほ笑みだけしたお母さん。
 
時には人の行動が言葉よりもっと多いことを知らせてくれる。その心までも...
お母さんは小川水を汲んで道の上に振り撤くのを繰り返す。
バイクが通り過ぎる度に道路でぼやけているほこりが飛んで入ったからだった。
ところが、道路の上に水振り撤くその姿を眺める僕の心が凉しくなることはなぜだろう?

 
私たちは結局アングチォビール一ボックスを軽く空カンにした。
ずっと勧めるお酒を拒絶しきれなかった僕はたくさん酔った。
酔ったせいだろう? とにかく、僕はまるで他の世の中にいる気持ちだった。
氷を入れてちびちびと飲んだビールに酔ったか
それとも、静かで平和だったその雰囲気に酔ったか
それでもないなら、友達の純粋な心に酔ったかよく分からないが
とにかく、僕はその日とても気持ち良く酔ってしまった。








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なんか、JR東海のようなタイトルになってしまったが、突然アンコールワットに行こうと思い立ったのが1月の中旬。なぜ行こうと思い立ったのかは、それは今年の4月から地区の役員をやって、休日返上で奉仕をしていた反動である。特に、暮れから1月末までは市議会選挙があって、それに振り回されてしまった。人間、追いつめられると何をするか判らない・・・ そうならないためには、ストレス解消をしなくては。それには旅行が一番。それも俗世間から一番離れた所というわけで、アンコールワットに行くことにした。

インターネットでアンコールワットの事を調べると、直行便は飛んでいない。たいていはバンコック経由でアンコールワットのあるシェムリアップの街に入るコースである。バンコックまで行って引き返すのは時間的にもお金的にも無駄である。何か良いツアーがないかと探していたらありました。カンボジア航空がチャーターをセントレア(中部国際空港)に乗り入れるのである。それを企画したのが近畿日本ツーリストe旅中部である。近ツーといえばJTBと肩を並べる大手旅行代理店。カンボジア航空という超マイナーな落ちそうな航空会社でも、保証はしっかりしているだろと勝手に思って予約を入れたのが2月4日である。

今回のツアーに申し込んだもう一つの理由はその料金の安さである。アンコールワットといえば、15万円前後するのが当たり前。でも、このツアーは4泊5日、全ての食事が付いて、なおかつセントレアの出国税とアンコールワットの入場料(40US$)が付いていて12万5千円である。ただ、カンボジアはビザが必要。別途9千円かかるが、少し高いけど仕方ない。あと1人部屋料金が2万円かかるが、これも仕方ない(笑)

トントン拍子に予約を入れて、一週間前からはネットでカンボジアの天気予報を見て、日頃の行いが良いのか、毎日晴れ時々曇りの天気。暑いところに行くから、服も簡単で良い。しかし、カメラ(キッスデジタル)のレンズ、何を持っていくかで悩む。標準ズームは持っていくとして、あとは何を持っていこうか最後まで悩んでしまった。結局、フィッシュアイと100ミリマクロを持っていくことにした。このチョイスは良かったと思っている。このあと出てくる写真を見て、エェーって言う人もいるかもしれないけど・・・(^^;

というわけで、順次旅行記をアップしていきます。文章的に面白くないかもしれないので、そんな人は写真中心に見てね(笑)



プロローグ セントレアへの道      
1日目 3月13日 シェムリアップ飛行場 初日の夕食アンコールビレッジ    
2日目 3月14日 2日目の朝 パンテアイ・スレイ遺跡 2日目お昼 チャオプラヤ アンコールワット外周
  アンコールワット内部 プノン・パケンからの夕日    
3日目 3月15日 アンコールワットの朝日 トンレサップ湖クールズ オールドマーケット アンコール遺跡観光
4日目 3月16日 アンコールトム ペンメリア遺跡 ポパンアンコールレストラン   
エピローグ 装備品や注意点



そうだアンコールワットに行こう

http://www.makinouen.co.jp/angkorwat/

お茶の牧農園 新茶 ダイビング情報ホームページ べにふうき







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過去の痕跡を探して離れる旅行はいつも興味深い。 さらに当時技術力で説明することができない建築技法と明らかにならなかった数多くの話を抱いている巨大な遺跡地ならば,興味は倍加される。 それで解けないミステリーでいっぱいであるアンコール・ワットはいつも旅行者らの足が絶えない。

多くの人々がアンコール・ワットに行くためにシエムニアプを探す。 9世紀から13世紀まで建てられた古代寺が残っている所で,アンコール・ワットと最も近くにある都市だ。

事実アンコール・ワットはシエムニアプに位置した巨大なアンコール遺跡地中一つに過ぎない。 アンコール遺跡地中最も多くの人が探す所で最も有名な寺に選ばれる。 それでアンコール・ワットとアンコール遺跡地はほとんど同じ意味に通じる場合がある。

アンコール遺跡地は9〜13世紀隆盛した文化の花を咲かせたアンコール帝国の過去の場所だ。 当時アンコール帝国は古代ギリシャ・ローマ文化よりさらに派手だった。 だがある日アンコール帝国は痕跡をなくした。 いつそして何の理由で消えたのかは誰も分からない。 そのように数世紀が流れたし,人々の記憶の中でアンコール帝国は消えた。 ただし長い間の歳月が流れて,伝説の中の国で人々うわさにのぼるのがすべてだった。

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この伝説の中の帝国は1860年動・植物学者のアンリ・ムーアによって,世の中に知られた。 長時間密林の中に放置されたから毀損されたところが多かったが,アンコール帝国のきらびやかで雄壮だった文化の跡をのぞくのに足りなかった。 壁面と柱に彫られた精巧な不調らと雄壮な寺の建築様式は世界の人々の世間の注目を集めるのに充分だった。


アンコール遺跡地旅程のハイライトはアンコール・ワットとアンコール・トムだ。 その中クメール建築芸術の極限状態と評価されるアンコール・ワットはアンコール遺跡地を代表する寺だ。 膨大な規模を自慢する寺の大きさは同棲1.5km,南北1.増えたkmに達する。 寺の雄壮な姿は周辺について作られた垓字と交わって,水に浮いているように神秘な姿を演出する。

アンコール・ワットはスリヤバルマン2才の頃30年余りにかけて完成された。 他の寺とは違って入口が死を意味する西の方に出ていて,王の墓で使われたことと推測している。

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アンコール・ワットで1.7km程度落ちたところにアンコール・トムが位置している。 'トム'は都市を意味する。 アンコール・トムは単純な寺でない,一つの都市であった計算だ。 アンコール・トムに入る入口には108ヶの大きな彫刻像が両側で長く立ち並んでいる。

うっそうとした密林の間で出た道路をついて行けばアンコール・トム中央に位置したバイヨン寺院を見られる。 バイヨン寺院は仏教で話す'世界の中心に立っている須弥山'を意味する。 回廊にはクメール軍人らの戦闘場面と当時庶民らの生活をのぞくことができる浮彫が刻んでいる。 バイヨン寺院は仏教寺院だが,ヒンズー教の象徴のアプサルラの姿も探してみることができて興味深い。

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タ・プロームものがしてはいけない所だ。 映画'トゥムレイダー'撮影地で広く知られることになった。 永い歳月密林の中で隠遁していたとのことを証明するように巨大な木根に押さえられた建築物の姿が非常に印象的だ。


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